野口英世は、似た名前の医学生が主人公の小説を嫌って無理やり改名した

情報提供: ハロハロドリ 様||No.15

 細菌学者の野口英世は出生当時「清作」という名前だったが、自分の名前に似たルーズな医学生が主人公の小説を見て、22歳のとき、英世と改名した。

 「野口に金を貸すな」―。研究者仲間の間でたびたび交わされていた言葉である。今では千円札の肖像画になっている野口英世。生前は借金王として知られていた。

 1886年、坪内逍遙が小説『当世書生気質』を出版しベストセラーとなった。1898年、野口が22歳のとき友人の勧めでこの本に出会い、作中にまるで自分をモデルにしたかのような人物が登場することにショックを受けた。その人物の名は、自身の名前「野口清作」に似た、野々口精作。さらに、野々口は田舎出身の医学生で、都会に出て遊里遊びに堕落し借金を重ねるというストーリーだった。

 自分が小説の主人公のモデルであると邪推されるのではないかと考えた野口は、改名を決意する。だが、戸籍名の改名は困難で、それ相応の理由が必要だった。野口は、別の村に住む、自分と同じ「清作」という名前の人物に頼み込み、近所にある別の野口家に養子に入ってもらい、同じ村に住むもう一人の「野口英世」を無理矢理作り出した。その上で、「同じ村に野口英世が二人いると紛らわしいので私が改名する」と役所に届け出て、改名に成功した。