徳川家康は、自分がうんちを漏らした姿を絵描きに描かせて城に飾っていた

情報提供: 戸次吏鷹 様||No.111

 徳川家康は、自身が脱糞した姿を絵描きに描かせ、城に飾っていた。

 家康率いる徳川軍は1573年の三方ヶ原の戦いで、武田軍の誘いに乗って多くの将兵を失い、大敗した。家康は馬に乗って浜松城に逃げ帰る途中、恐怖のあまり脱糞した。

 浜松城に帰還した直後、家康は苦渋の表情を浮かべる自身の姿を絵師に描かせた。絵は『徳川家康三方ヶ原戦役画像』、通称『顰像』として現在も残っている。

 家康は自分への戒めとして、常に城に飾っておき、その絵を見ることで、熱くなって失敗してしまう自分を抑えていたという。